近況

 この1年間を振り返る。誰が得するんだという話になるが、記録として。

 

 1月、この頃は会社に毎日顔を出していた。開発していたスマホアプリをバグを含んだ状態でリリースしてしまい精神的に不安定になる。アプリチームから離脱しWebチームに移籍。会社から一人暮らし先に帰宅途中に涙が止まらなくなる現象が多発する。今思うと身体からのSOSサインだったのだろう。この情報だけで病名の特定には繋がらないのでもう書いてしまうが、この時期から自分を責める幻聴が止まらなくなる。医師と相談の上精神薬Aを増薬。

 2月、限界を感じ実家に避難。念の為セカンドオピニオンを受ける。

 3月、実家のサポートで少し調子を取り戻す。医師の判断で精神薬Aを減薬。しばらく無かった中途覚醒が再発し睡眠持続薬Cを再投入。もういいか、と思いTwitter等で精神障害の暗黙的なカミングアウトをする。29歳でプログラマになって2年が経った - 祝いのカンパナうまく喋れなくたって生きていける - 祝いのカンパナ頑張らないようにしている - 祝いのカンパナの3本のブログ記事をFacebookで実名で公表。4年間頭の中で練ってきた思想を全部ぶつける。好評でいろんな人から感想を言われたが、実際にはかなりギリギリの精神状態で書かれている。今自分で読み返しても凄いなと思う一方でかなり痛々しい描写がある。

 4月、家庭環境に変化があった。一人暮らし先を引き払い実家に転居。精神薬Aがまた減薬になったが、今思うとどう考えても精神的に不安定な時期であり完全に医師の判断ミスだった。精神状態が酷くなり仕事の継続が困難になる。会社との相談で時短勤務かつ負担の少ない仕事に切り替える。精神薬Aを即増薬。精神障害の明示的なカミングアウト。新しいバンドに加入。

 5月、精神薬Aを再増薬。1日4時間勤務。完全リモートワーク化。勤務時間以外はほとんど寝ていた気がする。この頃には自分を責める幻聴が無くなる。

 6月、この日記を公開開始。これ以降の詳細は過去ログ参照。副作用が出すぎていたので精神薬Aを減薬。仕事以外の趣味を探す毎日。

 7月、この頃偶然でいろんな人と出会う事になる。主治医の交替が予告される。

 8月、障害者手帳の申請。少し余裕が出たので1日6時間勤務に切り替える。この頃ジャズフェス出演が重なる。

 9月、主治医が交替になる。精神薬Aを微量減量。精神薬AからBへの交換を提案される。

 10月、精神薬Bへの切り替えを承諾。現在に至るまで精神薬Aの減量と精神薬Bの増量を継続中。障害者手帳の交付。

 11月、精神薬Bの効果で生活のクオリティが上がる。発話しやすい、表情が人間らしくなる、など。現実感が出てきた分、障害と仕事の両立というテーマを真剣に考えるが正解はまだ出ていない。

 12月、過労とストレスの影響で帯状疱疹再発。精神薬Bを規定量まで増薬完了。生活の質がまた一段と高まっている模様。

 

 こうやって俯瞰して見るとだいたい3ヶ月〜半年といった周期で状態が良くなったり悪くなったりしている。今年に限った話ではなく4年半ずっとこんな感じで消長している。この先も病気が消えるなんて事はまずそうそう起こらず、きっとずっとこの繰り返しの人生になるんだろう。

 今年あった一番大きな変化は「障害の受容」で間違いないだろう。確実に自分の中で大きな一歩だったと感じている。

 来年は「障害と仕事の両立」というテーマにケリを付けたいと思っている。今回精神薬の交換という危険な賭けに出たのはこの事が大きい。「薬変えたら頭が働くようになって病気以前みたいにバリバリやれるようになりましたー」みたいな幻想を抱きつつね。その一方で、最近は正解なんて存在しなくて最初からこの会社で働くのは破綻しているのかもね、という可能性も見据えるようになってきた。障害者雇用と言う形でもっとゆるい仕事に切り替えた方が罪悪感も感じずによっぽど幸せなんじゃないか、とか。でもここら辺はまだ経過を見ていかないと正確に判断できない。来年の課題だ。ゆっくり考えていこう。

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