近況

 今年はリハビリの年かな、とふと思った。

 会社に毎日行くだとか、 1 日 8 時間働くだとか、それ以前に給料分ぐらいは仕事をするだとか、人と話すだとか、笑うだとか、そういった「できない」の一つ一つを、ゆっくりで構わないので「できる」に持っていきたい。そういう流れが今来てるんじゃないだろうか、となんとなく考えている。

 もうオープンの情報になったので書いてしまうが、オフィスが明後日引越しする。何が素晴らしいって照明が蛍光灯じゃなくて LED なのだ。果たして何人にこの感動が伝わるのかわからんけど。ちょうど内装工事前の物件がたまたま貸しに出されて、自社物件じゃないのにやりたい放題内装をいじったのだ。日本の企業にありがちな白色ばっかりの感覚過敏持ちには眩しくて厳しい内装じゃなくて、かなり目に優しい配色になっている。僕はまだ写真でしか見たことないけど、これだったらいけるんじゃないか?居ても辛くないんじゃないか?とかなり期待している。

 僕がリモートワークを今やっている理由って蛍光灯とエアコンと排気口の光と音が辛いというネガティブな理由でしかない。これで試しに 3 時間ぐらい新オフィスに居てみて、楽だったら週 2,3 日に増やすとか、本当に楽勝だったら週 5 日行ってみるとか、そんな感じの事を目論んでいる。

 病気は人を一人にさせたがるんだけど、本当は一人でやっていくよりも、人の力を借りた方が病気からの回復という意味でもよっぽど楽なんだよな。健康な人たちの流れに身を任せた方が楽に決まっている。せっかく良い流れが来つつあるので、それに一度乗ってみる価値は十分ある。失敗する部分もあるかもしれないけど、多分うまくいくんじゃないかな。

 

 なんか今日はえらいポジティブな内容だな。新薬効いてるんだろうか。知らんけど。

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近況

 今日の通院で、予定通り今まで飲んでいた方の薬が全量中止になった。感覚過敏が取り切れないと言ったら予定には無かったけど新薬が増量になった。これで無事安定してくれれば当分の間は処方をいじる事はないだろう。この約1ヶ月が正念場だ。もし不安定になった時はどうなるのかよくわからない。まぁ多分どうにかなるんだろう。根拠はないけど。

 これで「服薬はするんだけど病気のことを特に意識しないで日々の生活が送れる状態」になってくれれば最高なんだけどなー、と思う。この4年半、いろんな薬が増えたり減ったり追加されたり無くなったりを嫌になるほど繰り返して、環境も改善したり改悪になってしまったりを嫌になるほど繰り返して、その度に状態が良くなったり悪くなったりを嫌になるほど繰り返して、その度に病気に振り回されたり周りに迷惑かけたりを嫌になるほど繰り返していい加減うんざりしてたんだけど、ここに来てようやく居心地の良い状態に落ち着きつつあるといった感じだ。

 ちょっとぐらい出来ない事(=障害)はあってもまぁ別にいいか、ぐらいの気持ちでいる。自分の出来る範囲の事だけやっていこう。

 カウンセラーと「もう病気から学ぶこと無くなりました」「そうですね」みたいな話をした。自分の中ではある意味「終わった病気」として認識し始めている。カウンセラーは「足の裏の米粒みたいなもんじゃない?」と言っていたが、そうかもしれない。もう病気が心の底からどうでもよくなってきている。だからと言って通院は続くし服薬はし続けなきゃいけないんだけど。

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どんなプログラマになりたいか

 自分がプログラミング得意だし好きなことだと言うことはわかった。でも「どんなプログラマになりたいか」という事を考えるのを今まで放置してきた気がする。以下はそのメモ(本当は書いたマインドマップの画像貼り付けて終わりなんだけど、貼ったら文字が細かくて読めなかったので仕方なく文章化した)。前提として、体調が軌道に乗ってからの話ではある。

  • 好きな事、やりたい事よりも自分が出来る事を基点に考えるべき、という事は去年学んだ事だった
    • 何が得意かは周りの人が判断することのような気がする
  • 何でも出来るスーパーマンを目指す必要はなく、特化型戦略を取るべき。今からスーパーマンを目指すには遅すぎる
  • ネイティブ(スマホ)アプリ
    • 入社当初はやっていて、まぁ出来たし得意なことではあった
    • しかしバグを出してしまった時にカバー出来ないのが精神的にキツすぎるので、やらなくなった
    • フレームワークやライフサイクルを理解するのが人より得意な気がしたという収穫はあった
  • フロントエンド
    • マークアップ
      • 得意でもないし好きでもない
      • やらない
    • JavaScript
      • 周りに比べたら出来るし得意そう
      • React.js
        • フレームワークっぽいので得意かも?
        • やりたくないことが含まれてる気がする
        • UIにそんなに興味がない?
  • サーバーサイド
    • 未知
    • 得意かつやりたい事かも????
      • わからん
      • 判断するには知識が足りないので要勉強
      • UI関係ない
    • PHP
      • ちょっとだけやった
      • htmlが関係なかったらまぁ…ぐらい
      • 好きな言語ではないかも
    • Node.js
      • 春先まで現在勉強中
      • 今のところいろんな発見があって面白い
      • 実務になったらわからん
    • Python, Ruby
      • 未知
  • 機械学習
    • やりたいことではあったけどどうやら得意なことではなさそう
    • やらない
  • OS, ネイティブ(デスクトップ), インフラ, 他
    • 未知
  • SIer
    • 業界の雰囲気が自分に合わない

 自分が観測出来ているプログラマの範囲ってこのぐらい。最低限薄く広く勉強する事も大事だけど、そろそろ得意な分野にステータスを全振りした方が良い気がする。

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近況

 なんだかんだで 10 日間ぐらい運動は続けられている。とりあえず 1 kg は落とせた。2 日に 1 回は中強度の有酸素運動をしている。ジムに行ってインドアバイクを 40 分間漕ぐとか、バンドのリハとか。それ以外の日も 40 分間連続でウォーキングをするようにして 40 分間運動する感覚を忘れないようにしている。40 分という時間設定は、 WHO の勧告かなんかで週 150 分の中強度の有酸素運動が望ましいみたいな話があり、 40 分間 × 週 4 日 = 週 160 分という計算になるなーというところから来ている。習慣化するには最初の 1 ヶ月が肝心らしいので、とりあえず 1 ヶ月は頑張ろう。

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 運動するようになってからわかったんだけど、 Apple Watch の中毒性が強烈に高い。↑の写真はワークアウト( Apple Watch をワークアウトに活用する - Apple サポート )というアプリで、目標値(何分運動とか何カロリー消費とか)を設定して、進捗状況(何 % 達成したか)を左上のリングで知らせてくれたりして運動中セルフモニタリング出来るやつなんだけど、 1 週間ぐらいこのワークアウトのアプリを使ってたら「リング閉じてえ…」という欲求がどんどん強くなってきたのだ( Apple Watch の用語で達成率 100% にしてリングを 360 度満たす事を「リングを閉じる」と言う)。

 毎日ちょっとでも外に出たら「リング閉じたい病」の発作が起きて、 40 分間のワークアウトを開始してしまうようになってしまった。運動を Apple Watch がサポートしてくれるんじゃなくて、 Apple Watch の為に運動するという鶏と卵の逆転現象が起こっている。健康管理のゲーミフィケーションというやつ。これが本来の Apple Watch の使い方だったのか。

 まだ使ってないけど SNS 機能もあって、 Apple Watch を持っている友達を登録すると「友達が今日リングを閉じました!」みたいな通知が来るようになる。もしそれもやり出したらヤバイな。ランニングとかは一緒にやると継続しやすくなるけど、それのクラウド化。誰かやります?

 

 あとダイエット始めてから米とパン以外の糖分を避けるようになったんだけど、しばらく糖分取ってなかった後に久しぶりにお菓子とか食べると舌がビリビリきて凄いな。お菓子とかジュースとか飲食する毎日を送っていた時は気づかなかった。砂糖は麻薬みたいなもんだな。砂糖を使った製品が生活に根付き過ぎていて気づかないのも無理はなかったんだけど。どこに行っても糖分が出されるので糖分を避けるのが難しい。気合いで避けてるけど。

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近況

 年が明けて早々だけど、 2 週間後の通院で、今まで飲んでいた薬が中止になる見込みだ。精神薬は新しい薬を開始する時も勝負どころ(副作用が出るか出ないか)だったんだけど、古い薬を中止する時もまた勝負どころだ。それは離脱症状といって、精神薬を急に中止したりすると良くない症状が出ることがあるので、精神薬の中止はできる限り時間をかけて徐々に減らして行って中止に持っていくと言うのがセオリーになっている。それでも離脱症状が出たり不安定になってしまったら、また古い薬を再開するとか新しい薬を増薬するとかいった選択肢が出てくる。要は不安定になりやすいポイントだという事であって、どうにかして安定すれば新薬への切り替えが無事完了するということになる。

 今は起きているんだけど頭に枷がかけられていて半分寝ているような、そんな意識の覚醒具合みたいな自覚があるんだけど、新薬への切り替えが出来たらハッキリと世界を認識できるようになるのだろうか。楽しいことが楽しめるようになったり、話したいことが話せるようになったり、笑えることが笑えたりするようになるんだろうか。なるのかな。いや、ならない気がするな。正直新薬に夢を見過ぎている所がある。そもそも治すための薬じゃなくて症状を抑えるための薬でしかないからな。病気は病気としてこれからも存在し続ける。

 前回の通院で、薬の処方が変わって調子が良くなってきたとカウンセラーに言ったら、薬とか外因の影響で良くなってきたと考えるよりも、僕自身が病気を必要としなくなってきたからなのでは、と言われた。いや薬の影響はあるとは思うんだけど、それも確かにありえるんだよなあ。いわゆるミラクル・クエスチョン的な、もし何でも叶うとしたらどんな自分になりたいですかみたいな事を今聞かれても、別に今のままで良いですって答えると思うからだ。この 4 年半の闘病を通して自分に必要のないものをどんどん捨てていった結果なのだろう。向上心とか生真面目さとか律儀さとか周囲への同調とか、病気以前の自分は過剰な程持っていたものばかりだけど、本当は全部自分には要らない物だったんだな。こういう物たちを捨て去るために自分が作り出した病気だったのだ。

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僕がなぜ書くか

 僕が精神障害をカミングアウトしていることについて、凄いですねと言われる事が時々ある。

 まぁ世間の平均の雰囲気だとそうなのかもしれない。前の会社の在籍中に発病して休職した時は腫れもののように扱われ、「こころの病」担当者以外の誰からも連絡は来なくなり、退職した今でも Facebook に前の会社の人から「いいね」が付いたことは不自然な程ほとんど無い。(関係ないけど僕は「こころの病」という婉曲表現が大嫌いだ。「こころ」なんていう曖昧なものではなくはっきりと脳の病気なんだから、はっきりと精神疾患と言えと。「こころ」なんて表現を使う事で本人の考え方次第で絶対治るみたいな誤解を生んでいる側面もあるんじゃないか。それに、「こころ」なんてものに効く薬はこの世に存在しない。)

 数十年前、この国にかつて存在した精神疾患の隔離政策を知っている世代にとっては、未だに精神疾患について公に触れる事はタブー視される事は仕方がない事なのかもしれない。多分その雰囲気が今の若い世代にも間接的に伝わって、隔離とまではいかないけど「当事者からも言いづらいし、周りからも触れづらい」という世間の平均の雰囲気があるのだと思う。

 しかし統計を見ると、国民の三十数人に一人が精神科・心療内科に現在通院しているとされ、生涯ベースで言うと五人に一人は精神科・心療内科にかかるという説も存在しているらしい。うつ病の世界での有病率は4.3%だ。つまり、三十人の学校のクラスがあったらそのうち一人は精神科・心療内科に通院している計算になるという理解で良い。となると、本当は珍しくも何ともなく、「普通にありふれた病気」の一種なのだ。ただ、本人あるいは周りの人間から隠されているだけなのだ。

 

 さて、本題の「僕がなぜ書くか」について。きっかけとなった理由は「精神障害のカミングアウトを無しに社会で生きていく事が立ち行かなくなったから」だ。

 障害とは何か。世間の平均の人が出来る事が、障害を抱えている人にとっては出来ないもしくは困難であるという事だ。精神障害を抱えている人の困難の一つに、どういった事が自分が出来ないもしくは困難であるという事を、心情的な面から周りの人間に周知しづらいという事がある。精神障害を抱え始めた人のおそらくほとんどが、その周知をせずに障害を抱えていない人達のグループに合わせようとするのだけれど、やっぱりどうしても上手くいかないのだ。

 「弱さの情報公開」という概念がある。自分の弱さを周りに伝える事で初めて、助け合いが始まり、物事が上手く進んでいく可能性が生まれるという事である(参考 : “強い”は脆いから、“弱さ”の力を)。社会の中で自分の居場所を保つために、もしそれしか答えが無いのだとしたら、障害を公にした方が良いのではないか。そういう思いで、僕は精神障害をこうやってカミングアウトしている。

 ただ、病名のカミングアウトは推奨しないし僕もやっていない。精神疾患は十人いたら十人症状が違うもので、なんとなくカテゴライズしたらこういう病名が付くという程度のものでしかなく、しかも病名が時間の経過と共に変わったりもする。病名だけが一人歩きして、あの人はああいう人なんだ、という誤ったレッテルを貼られる事だけは避けなければいけない。

 「僕がなぜ書くか」の副次的理由は、精神障害を持つ人が普段どういう事を考え、困難を抱え、生活を送っているのかという情報を周りの知人に発信したかったから、というのがある。インターネットをやっていると、時に人を取り返しの付かなくなってしまう病気から守ってもらえる事がある。SNS で「今日は耳の聞こえが悪い」と何気なく書き込んだところ、「突発性難聴の可能性があるからいいから今すぐ耳鼻科へ行け」と周りからコメントされ病院に行き事なきを得た、という場面を何度も見たことがある(参考 : 「突発性難聴になったら全てを投げ捨てて、病院です」)。僕が最初に精神科に駆け込んだのは、周りの人の助言など何も無かったけど、インターネットで「こういう症状があったら迷わず精神科へ行け」という記事があったからだ。本当にあの時迷わず行って良かった。進行性の性質がある病気だったから、あと数ヶ月医療に繋がるのが遅かったらどうなっていたかわからない。

 「こういう病気もあるんだよ」、ただそれだけの情報をインターネットに書いておくことで、周りの誰か一人でも助けられる事があるかもしれない。その可能性だけを念頭に置いて、僕はこうやって今日も書いている。

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近況

 ダイエットなー。要は食べるもん減らして活動量増やせば良いっていう単純な収支計算なんだけど、生活動線にうまく組み込むって意味だと、やっぱり通勤した方が良いなー。歩行距離を稼ぐとか、駅の階段を登るとかいうのが、どうしても自宅勤務より会社行った方がやりやすい。

 でもそれだけだと活動量は増えるんだけど足りなくて、心拍数を 20 分間上げてからじゃないと脂肪は燃焼してくれない。つまり短時間の運動をいくら稼いでも限界があって、やっぱり走るとか自転車に乗るとかしないとダイエットはできない。

 幸い家から車で 10 分足らずの所にスポーツジムがあって、朝 9 時開店なので始業(10 時)前に 40 分間ぐらい行くことが出来る。朝に別の予定が割り込む事はまず無いので、朝 9 時だったら習慣化しやすいんじゃないだろうか。

 今までの人生でジム通いは何度か試みたんだけどなんか行かなくなってしまって、その要因は「なんか苦痛だから」という気がする。筋トレ器具とか、ランニングマシンとか、それらをやる前に 10 分間エアロバイクを漕いでストレッチをしなきゃいけないとか、結構めんどくさい工程が多くて、その割に結果も付いてこなかったのだ。

 それで今回は「楽しいことしかやらない、めんどくさい事は全部やらない」という作戦にすることにした。具体的にはジムに行ったら音楽を聴きながらエアロバイクを 40 分間漕ぐだけ。それ以外は一切何もしない。

 試してみたら一発で出来たしすごく楽に運動できた。音楽を聴いていれば終わるっていうのが良い。エアロバイクはランニングと違って鋼の心臓が無いと辞めてしまうとかいう事がなくて、永遠と漕いでられる感じがあってそれも良い。

 Apple Watch で運動を可視化できるのも楽しい。何分運動しましたとか何カロリー消費しましたとか心拍数は今こうですとか色々運動中にも運動後にも教えてくれる。理系なのでデータ化されるとグッと来る。 

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 ただダイエットを始めるタイミングが悪くて、年末年始はジムやってないんだけど…。年始過ぎてジム開いたらとりあえず1ヶ月継続出来るように頑張ろう。

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